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大学の研究室に

 残ったわずかな荷物を車に載せて別れを告げる。「大阪弁忘れんといてください」「むこうでもしょうもないこと言い続けて下さい」とか見送りの言葉をもらった。運転手の癖も把握するアクセルを踏み出す。吹田キャンパスから程なく名神高速道路に入り東へ向かい、関ヶ原も過ぎる。日産チェリーは快走するも、そこで過ごした43ケ月のことが頭をよぎっていた。先輩たちとの圧倒的な差を感じた4年生の頃、「考えようぜ」と言われて「確かに」と思う反面、落ち込む自分。いくつかの分担を任されるようになったM1の頃、闊達な四年生と楽しく過ごしすぎて実験が疎かになったM2の頃。このままでいいんだろうかと悩んだD1学生、「あんなあ、兄ちゃん」と呼びかけられる。その学生時代に縁会って新天地に赴任した。夕方になると草の臭いが香るキャンパス、もどかしい思い、なかなか前に進まない。「なんて力のない人間なんだ」と気づいた。それから20年以上経って1年生最初の必修科目を担当していた。この学生さん大丈夫だろうか、4年生までの無事を祈った。それから9年経った3月終わり、研究室に残ったわずかな荷物を車に載せていたその学生さん。大学を巣立って西に向かった。今度は見送る自分、助手席にはミッフィーがいた。フィーリング(感性)もよし。

17.4.1

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