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文部科学省の白書では

 イノベーションに関する議論が多くを占め、産学連携を如何に育成するかが、巧妙に述べられている[1]。その一つが、より基礎的な科学研究の資金を削減することである。その結果、大学や理研を含む研究所は圧迫を受けている。理研の予算は、過去10年間で20%以上カットされて、それに呼応して理研BSIではこの間に主宰者の数が61から41に減少した。

 日本の大学も同様の困難の中にある。2004年に刷新されてから予算は1%/1年ずつ削減されている。これはそれぞれの大学が、「リサーチを工業的あるいは軍事的なニーズと同調させること」で、戦略的な自発性と、より競争的であることに、責任を持つように、ということを意味していた。ただしこれによって先生を雇用することをやめた。代わりに新しいスタッフが、グラントごとに渡り歩く契約社員として受入れられている。文科省の白書では、この若い研究者らにもたらされた状況も認識しており「不安定な雇用状況と経済的な不透明感の中」では「短期間で成果が出ることを目的として、真に独自で創造的なことを実現することが難しい」とされている。ただしこれは若い研究者らに限ったことではない。より多くの行政上の業務や助成金執筆の負担によって、全体の労働時間のうち1/3ほどしかリサーチには使えていない。これは2002年と比較すると半分程度である。

 経済的さらには政治的な逆風が増える中、日本の政策立案者や行政は、科学研究をもっとサポートすべきである。大学は出来るだけ早く「カットがやってくること」をはっきりさせる必要がある。

 日本は、重要な科学的な発見を生み出し公開する力が崩壊していることを悔いている。ただしそれは驚くべきことではない。論文数は、科学や技術への投資ときちんと対応していて、日本では2000年以来それらへの投資も変化がない。その結果2004年には世界第四位だった論文数が2014年には10位になった。中国や他の国では、財政的支援と論文の割合のどちらも増加している。日本は今、過去の成果に満足しているが、将来を守るためには、もっとしなければいけない。

[1] NatureEditorialの一部を、ようやく、訳してみることができました。ご利益(りやく)はないかもしれませんが、誤訳もあるといけないのでオリジナルで確認を。

http://www.nature.com/news/budget-cuts-fuel-frustration-among-japan-s-academics-1.22444

17.8.17

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