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岡山駅から

 瀬戸大橋を渡って予讃線を東へ走る。ようさん線があるわけではない。JR高松駅に到着。JRのほとんどの駅は、上り、下りで左右に向かう。それでもここ高松駅は、東海道新幹線の東京駅と同様、終着駅である。祝着至極である、と昔お殿様が言ったかもしれない。ここから東への線路はない。下車して東に歩くと高松港、瀬戸内海が広がる。この穏やかな開放感と青さ、そよ風が見にしみる。かつてはこの港から、岡山県玉野市宇野へ連絡船が就航していたけれど1988年に廃止された。速いしこれが四国と本州を結ぶ貴重な便だった。19809月、大学院の入学試験を受験し終えて先輩と車で訪ねた。先輩の友人のガイドで、こんぴらさん、栗林公園、屋島などを体験できた。今回は駅すぐ前のホテル、全国から来られた先生方と「どことも大変だわなあ〜」でも「生きのびるんだよねえ〜」の会議に同席、本省の本気でしょう、という講演も拝聴、大臣変われども、工学の未来、こう描きたいというヒントを得た。得体は知れないけどね。

18.10.4

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