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天守が今も残る

 お城の一つ、松山城。市のほぼ真ん中に位置して、ちょっとした山の上にそびえる。街のどこからも眺めることができるお城、ど素人も安心。その城下町に江戸時代が終わる頃に生まれた三人、その生涯に躍動感を吹き込んだ小説「坂の上の雲」、その小説の名を冠するミュージアムがある。個性豊かなつくりである。司馬遼太郎さんが40歳代をほとんど費やし、膨大な資料を集めて、それを読み込み、小説を仕上げられた。秋山兄弟や日本海海戦、明治維新に関する展示に加えて、正岡子規を取り上げたコーナー。子規が俳句を始めた頃か、「松尾芭蕉」がほとんど神格化されていた。それをクールに見つめ直し、確かに芭蕉は3000を超える俳句を詠んだものの、秀逸な作品は300程度、それでもそれほど多くの素晴らしい句を生涯で詠んだことに、敬意を評されている。病と戦いつつ、俳句界に新風を吹き込まれた。街路にある石碑、子規の一句一句が刻まれていて、文化の香りを感じることもできる。そこで川柳一句「松山の、代名詞なりか、鯛めしは」

19.12.9

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